2024/11/03
① 「体幹」とは?
「体幹」をグーグル等で検索すると、身体から、「頚から上」と「腕」・「脚」を除いた胴体全体のこと、とあります。「体幹トレーニング」という言葉も広まっており、身体の土台としての重要性が強調されています。スポーツの現場ではパフォーマンス向上を目指すのであれば、まずは「体幹」を鍛えて・・・・・、などという流れになっています。
「体幹」は一般的にこのように定義されていますが、腕や脚以外の残り・・・といった表現では、あまりにも雑で、具体的な表現に欠けているといってよいでしょう。もちろん具体的な筋トレの中身は多くのトレーナーの皆さんの通りで、特に反論はありません。
ただ、もっと具体的に「体幹」を身体のつくりに準じて見つめ直すことで、各種スポーツ動作において、より科学的なスタンスで見つめることができると私はみています。
ここでは身体のつくりをよく知る整形外科医としての知識と経験を駆使し、その分、一般の皆さん方には難しい話になってしまいますが、私なりに進化・解剖学的な立場から「体幹」についてもっと厳密にこだわってみたいと思います。
② 「上肢」と「体幹」
まず、「上肢」からみていきましょう。「上腕骨」と「肩甲骨」でいわゆる「肩関節」を形成しています。この関節は身体中の関節のなかでもっとも大きな可動域を有しています。
そして一般に「手」や「腕」はいずれもこの「肩関節」を中心に動かされているとされていますが、それは厳密には誤りです。幼い子供たちの背中をみれば容易に観察できるのですが、彼らでは「上肢」は決して「肩関節」中心で動かされているのではなく、土台の「肩甲骨」ごと筋肉によって(肩甲胸郭間筋)、大きく動かされていることがわかります(「肩甲胸郭関節」)。
つまり、私のもっとも強調したい点は、もともと「上肢」とはいわゆる「肩関節」中心だけではなく、もともとは若い者ほど「肩甲骨」ごと動かされて使われているということです。出産時、一般に難産となる理由はご存知でしょうか? それは頭の大きさです。頭が大きいほどに難産となるのです。肩はまるでチョウや鳥の羽のように頭よりも小さく折りたたまれて産まれてくるのです。
そして産まれてからは、大きく腕を広げて使っていくことになります。しかし、もともとそんなに大きな動きがあるのに、なぜ「肩甲骨」の動きが無視されてしまうことになるのか? その一番の理由には動きを認識するための神経が乏しいためであり、他にもいくつかの理由があるのですが、その詳細な話は「肩甲骨」のところで紹介したいと思います。
③ 「上肢」は「肩甲骨」ごと動かされている
「体幹」の話に戻りましょう。「上肢」は「肩甲骨」ごと大きく動かされることはすでにお話してきました。「肩甲骨」は「鎖骨」で「胸郭」とつながっていますが、「肩甲骨」の他の部分はすべて筋肉がついており、広く大きな筋肉によって「背骨」・「肋骨」とつながっています。つまり「脊椎」・「胸郭」から筋肉が起始して「肩甲骨」につながっており、「腕」や「手」は「肩関節」の土台である「肩甲骨」ごと動かされているのです。
しかも肩甲骨についている筋肉は数多くあります。簡単に挙げてみましょう。
「僧帽筋」、「肩甲挙筋」・・肩甲骨を上に、内側(背骨側へ)に ・・・
「大・小菱形筋」・・・・・肩甲骨を内側へ
「前鋸筋」、「小胸筋」・・・肩甲骨を内側へ
「広背筋」・・・・・・・・肩甲骨を下方へ
つまり「肩甲骨」は「頭蓋骨」・「頚椎」・「胸椎」・「腰椎」、「肋骨」、「骨盤」といった広範囲から起始した筋肉によって連結され、動かされているのです。
もちろん 大胸筋や広背筋は「肩関節」をまたいで上腕骨に停止しています。さらに「肩甲骨」から起始し「上腕骨」に停止する筋群も協力して同時に動かされることで、「手」や「腕」が「肩甲骨」ごと動かされていることになります。
「肩甲骨」・「腕」に関わる筋群は、これだけ広くて厚みも大きいのです。これだけの数多くの筋群を、起始部から外すことができれば、残りは「背骨」についている「傍脊柱筋」や「肋間筋」、「腹筋」が残るだけで、まるでコケシ程度となります。したがって「体幹トレーニング」で鍛えようとしている上半身の筋とは、ほとんどが「肩甲骨」に関わる筋群です。
スポーツの現場では、単に軸や安定性といった次元ではなく、「上肢」・「腕」で投げる・振る・打つ動作、すなわち肩甲骨の動きに関わる筋群がそのままパフォーマンス向上に直結してくれるということになります。
④ 「下肢」と「体幹」
「上肢」は肩甲骨ごと動かされているということでよろしいでしょうか?
次に「下肢」に進みましょう。「下肢」の関節は一般に「股関節」「膝関節」「足関節」
と大きなものは三つありますが、「体幹」、「体幹トレーニング」という立場から言えば、上肢における肩甲骨と並んで「骨盤」をどう捉えるかが、課題となるでしょう。
「骨盤」は「仙骨」という骨と「第5腰椎」とで連結しています。実はこの関節はほとんど動きはありません。もともと腰椎に対して骨盤はほとんど動かないのです。ですから、ボールを蹴る際には、上肢の肩甲骨のように、単に骨盤が腰椎に対して大きく動かして、という訳にはいきません。もし、そんな使い方をしようものなら、容易に腰痛をおこしてしまうでしょう。
しかし、実際には、腰椎にほとんど負荷をかけず、かつ骨盤を大きく動かす方法・理屈があるのです。それは、右脚でボールを蹴る際、まず左脚で軸をつくり、そして左股関節を中心に骨盤を後から前へ大きく動かすことです。左股関節の回旋柔軟性のある分だけ、骨盤を何十度も大きく動かせて、まるで空手の回し蹴りのような激しい大きな動きが可能となるはずです。
この使い方によって、左脚・股関節を軸に、骨盤が大きく動かすことが可能となり、腰椎の負担もほとんどなく少なくすみ、右下半身だけではなく体幹・上半身とともに、力強く身体全体でボールを蹴りだすことが可能になります。
つまり、蹴るというスポーツパフォーマンスの立場からは腰椎と骨盤間を走行する筋群は動作筋としてではなく、捻れ負荷からの腰椎の保護、しいては椎間板損傷等を招かぬためための働きが重要となります。そして実際の蹴るための力強さは左右共に股関節を跨いでいる股関節周囲筋が主に担ってくれるということになります。また傍脊柱筋や腹筋等はそのまま背骨・脊椎を保護する働きが主体となります。
いかがでしたか? もちろん具体的な筋トレの中身は多くのトレーナーの皆さんの通りです。ここでは単に「脚と腕を除いた体幹」という雑な表現ではなく、機能解剖学的な立場から、上肢は肩甲骨ごと、下肢は反対側の股関節周囲筋を含めた動きを紹介しました。身体に対してこういった見方をおこなうことで、私はより効率よく、各種スポーツにおけるパフォーマンス向上を考慮することが可能になるとみております。
⑤ まとめと具体的な筋群について
ⅰ)「骨盤」と「第5腰椎」を跨いでいる筋肉を挙げてみましょう。
「腸腰筋」のうち「大・小腰筋」
「腰方形筋」
「広背筋」のうち下部
「腹筋群」
「大殿筋」
これらが骨盤と第5腰椎を跨いでいる筋肉で、主に腰椎を守る役割を果たす筋群です。
ⅱ) 股関節の動きに関わる筋群です。
「腰骨筋」のうち「腸骨筋」、「中・小殿筋」、「梨状筋」、「縫工筋」、「内転筋群」、「大腿四頭筋」のうち「大腿直筋」
これらが股関節を跨いでいる筋肉で、下肢に力強さを発揮するための役割となります。