2024/11/11
① 腰の筋トレについて
腰痛は整形外科を訪れる患者さんの中で最も多い愁訴であり、現在では腰痛対策として、原疾患がヘルニアであれ何であれ、筋トレ指導が重要であることは周知となっています。しかし私が医師になった1981年当時は、まだ腰痛治療のための筋トレがようやく広まりつつあった時期で、それ以前は全くといってもよいほど、重要視されてはいなかったのです。
腰痛対策として筋トレが重要視されるようになった当時の経緯については後で述べることにして、ここでは具体的な個々の治療についてではなく、腰痛の再発予防、そして筋トレがどうして重要なのか、という点にこだわって述べていきます。民間療法的にもさまざまに各種治療が紹介されていますが、腰にとって一体どのような環境が好ましく、優しいのか?さらに効果的な筋トレ部位は背筋か?腹筋か? を街医者の立場から述べていきたいと思います。
一通りの急性期治療が落ち着けば、その後は再発予防が必要となり、抵抗力をつけたい、身体を鍛えたい、という流れになります。その際にどこを鍛えるのか? 背筋か? 腹筋か? 両方を鍛えるにこしたことはないのでしょうが、さて、どちらを鍛えることがさし当たって安全無難で効果的なのでしょうか? そこにこだわって、腰痛治療を見つめ直してみましょう。
もちろん、筋トレ以前に柔軟性が基本的に必須であることは言うまでもありません。可能な範囲でストレッチといった軽い柔軟性はできるにこしたことはありません。この話はまたどこかでお話しましょう。まずは腰を守る筋群の持つ、意義・重要性について進めていきましょう
痛みの部位は腰・背中側であり、その部分の筋力低下があるから腰痛を招くのだろうと考えがちです。確かに普通に考えれば背筋を鍛える派が多いはずで、文献的にも背筋派が多いと見受けられまず。私も過去、運動部に所属していた学生時代や研修医時代には、背筋力がすべてだと思っていた時期がありました。
② 身体をビルに見立ててみよう
まず、ヒトの立ち姿を前後方向から眺めてみましょう。ヒトは二本足で直立して立っており、理想的な背骨では「杉の木」のように体幹の中心を直立し、左右対称となっています。もし、多少でも「松の木」のように左右非対称な部位があれば、それはそのまま何らかの不安定性を招き、腰痛発症に直面してしまう可能性が高く、この点からは左右対称であるに限ると断定してよいでしょう。
次に身体の横から見てみましょう。これが非常に重要な考え方になります。腰椎は前後のどちらかと言えば、背骨と表現するように中心より必ず後ろ側にあり、当たり前ですが、前後に対称では全くないのです。肥満傾向の人ほど腰椎は偏心して存在していることになります。
(かなり以前、講演会で身体の腰椎部のX線CTを見せながら、「腰椎は前後の中央に位置しており、腹筋も背筋も同じように重要だ」と語っておられる先生もおられましたが、なるほど痩せたスタイルのいい学生を寝かせてお腹が凹んだ状態ではそう見えるかもしれません。しかし会場の聴衆の多くは腹の出た中高年の先生方で、この説明はかなり乱暴だとその場で言いたかったのですが、さすがに黙っておりました。)
ここで、皆さんに無理矢理かもしれませんが、ご自身の立っている姿を10階建てのビルディング、マンションに身体をなぞらえてみましょう。腰の部分はおよそ5,6階あたりに見立てることができます。正面からみると、このビルの5、6階部分の大黒柱は確かに左右真ん中に位置していますが、横に回れば、明らかに後ろに片寄って立っていることになります。
これではいわゆる建築基準を満たすはずもなく、もしこんなマンションがあったとしても、とても怖くて住めないのではありませんか? 皆さん方なら住む前にまずはどこを補強してほしいと思いますか?
この極めて不安定な状況をもっとも簡単に解決するための方法ですが、それは、後方でなく何らかの前方の補強があってこそ、初めて前後のアンバランスが改善し、安心して居住しやすくなるはず、誰しもがそう考えると思います。
③ 進化の立場からみた腹筋の重要性
つまり、二本足直立歩行を常時、安定して実行するためには、腰椎単独での支持には無理があり、腰椎と背筋の後方成分だけでは支持しきれません。背筋運動をするには背筋は必須で、腹筋・背筋のどちらも重要不可欠である事は間違いないのですが、腰椎・背筋だけではなく、常に腹筋の協力があってこそ、ヒトは直立二本足で立ち続けることができるのです。座位でも理屈は同じです。
皆さんはイヌ・ネコその他哺乳動物の腹を触ったことがありますか。彼らの腹はほぼ皮一枚です。筋肉といったものはほぼありません。四足歩行の彼らにとって腹筋は必要ないのです。哺乳類の登場以降、ヒトは数千万年以上の年月をかけて、サル類を経由して直立二本足で安定して立ち続けることができるよう、腹筋を進化させつつ進化してきたと言えるのではないでしょうか?
イヌやネコにも腰のヘルニアがあると聞いて、私個人的に驚きましたが、飼い主が前脚を持って、後脚だけで無理やり立たせたりして、身体の重さや捻れといった負荷を背骨にかけたためでしょうか? この辺は獣医さんの意見も聞く必要があるでしょう。
④ スポーツ障害の予防と腹筋
さらに話を進めましょう。東洋医学ではヘソのやや下をいわゆる「丹田」といいますが、腹筋群が左右側方と前方から「丹田」を覆うように取り囲んでいます。「丹田」に力を込める、つまり腹筋群を強く働かせることで、腹部全体が背骨ごと、まるで「桶(オケ)」や「樽(タル)」のように一体化できることになります。
腰周りを「桶」や「樽」とできれば、重い物も安定して載せられるのではないでしょうか? つまり腹筋を働かせて脊柱・胸郭・骨盤を含め、腰部を強固に一体化できれば、重量物を持ち上げても、背骨や背筋にかかる負荷を極端に減らせることができるのではないでしょうか?
私が考えているその代表的な例が大相撲の関取です。彼らの背骨も同じ身長の一般人とほぼ同じ大きさです。大きな突出した腹があり、日常、腰に大きな負荷がかかっており、相手の重さも加わって一層負荷が加わり、腰を痛めるのは目に見えています。
だからこそ、彼らは稽古の時も必ず、腰周りの体幹を、脊柱・腹部とともにあたかも「桶」や「樽」のように一体化させて腰の負担を減らせることで、土俵で思う存分、縦横無尽に動き回って大きな相手とも闘うことができるとみてよいでしょう。もちろん、重量挙げも同じです。彼らも必ず腰ベルトを巻いてから、舞台に登場してきます。
実は腰椎とは、全体でもさほど捻れるものではなく、左右たったの5度ずつしか捻れません。時計の秒針1秒の動きが6度ですから、腰椎は5個全体でも時計の1秒の動きも捻れないのものなのです。ですからたとえガッチリと腰ベルトを巻いても固定してとしても、さほどの違和感なくバットもクラブも十分に振れることができるのです。腰の可能な捻れについてはまた別の項目で詳しくお話しましょう。
⑤ 日常生活における好ましい腰の使い方と筋トレ法
荷物を持ち上げる際など、ちょっと重たいかな?と思った時に、無意識であっても、丹田である下腹にフッと力をいれる習慣がその人にあるかどうか? 朝起床時の洗面時など両足を前後に膝の屈伸を使う、掃除機をかける際に膝や股関節の動きを使うなど、こういった「丹田」を活用した習慣の積み重ねが、長年の人生を通して相当な個人差となっていくはずだとみています。日常生活でも積極的に「丹田」を意識する使い方が好ましいのです
ただ、女性では学生時代から腹筋運動のまったくできない方もおられます。肥満傾向の方もしづらいでしょう。いくら腹筋が重要だといっても、中高年の方に腰を軋ませた筋トレを勧めているわけではありません。逆に腰痛を招いては何にもなりません。
また中高年女性では反り腰の方も多い傾向にあります。それは中高年女性では腹筋を働かさず、腰椎の前弯を強めて前後のバランスをとるためとみられます。出産の関係で骨盤の形の男女差もあり、結果として腰椎の前弯カーブが強い分だけ、すべりストレスを増大させ、腰椎すべり症などの発症頻度が増大してしまうと私は認識しています。
私の勧める腰痛体操ですが、それは息を吐きながら数秒間程度、腹部・丹田を凹ませるような筋トレです。ダイエット指導でも知られていますが、真剣におこなえば、結構疲れます。実際に強い腰痛があれば、腰を動かしての筋トレなどできません。しかし呼吸法による腹を凹ませるようなトレーニングなら、何とかできましょう。
⑥ 腰痛時に筋トレが評価されるようになった経緯
筋トレが腰痛対策に有効だという証明がなされた当時の経緯を話しましょう。某有名清涼飲料水メーカーで当時の担当者に聞かせてもらった話です。1975年頃、清涼飲料水は今とは異なり、すべてビン入りでした。配達だけでなく、回収も必要で、重さや割れやすさもあり、かなり手間暇、負担のかかる仕事でしたが、ほとんどが人力に委ねられていました。
関わるスタッフの負担は相当大きく、多くが腰痛に悩まされて休業を余儀なくされてしまい、社会復帰も困難で、当時非常に大きな労災問題となっていました。そのために会社を挙げての解決に迫られ、私の所属していた医局の大先輩であられる元大阪体育大学教授の故市川恭宣先生がこれに応えるかたちで、スタッフを合宿させてのかなりの積極的でハードな筋トレ指導により、この問題を解決に導かれたと聞き及んでいます。
その結果、休業率はほぼゼロとなり、その成績のあまりのよさに、それまで「腰痛=安静」が常識とされていたものが、その後徐々にですが、当然のように「腰痛対策=筋トレ」という図式に置き換わっていったのです。私は、先のビルディングの話を中心に、腹筋の筋トレを患者さんに指導していますが、やはり対応に困る症例もあります。