2024/11/11
次は、親指について機能や構造に着目し、より理想的で安全な使い方を紹介していきたいと思います。まず、質問です。手の5本の指の中で、「力強さ」という点からは、どの指がもっとも重要なのでしょう?
①進化の立場から
指の大きさから言えば親指がもっとも太く、自由自在に動かせる使い易さともあり、「力強さ」=「親指」と認識されている方が多いのではないでしょうか? しかし、私の立場は全く逆で、「強く握る、力強さを発揮する」という立場からは、親指よりも小指側の方が重要だというものです。実は親指には他の指とは異なる大切な役割があります。
その根拠を挙げていきましょう。ここではまず進化という立場から、親指をみていきます。たとえば、お箸を使う、細かいものをつまむ、小さな字や絵を書(描)く、彫刻や工芸などの繊細な技も、親指が働いてこそ可能です。ヒトの親指は単に握るだけではなく、他の指に向かいあえてこそ、ヒトならではの作業が初めて可能となります。
親指の関節は2つだけですが、さらに手首の近くの根元の関節(ここでは略して、第1CM、中手指節関節)があり、実はこの第1CM関節が自由自在に動かせるように進化してこそ、ヒトならではの器用さが発揮できるようになったのです。
たとえば幼いお子さんを連れて動物園へ行ったとします。おサルさんがバナナを剝いたり、お菓子の袋を開けているシーンが見れば、子供たちに「ほら、うまいこと食べているよね」と話しかけていませんか? それは「サルはヒトより不器用なはずだ」と誰もが思い込んでいるからです。
脳が進化しヒトは言葉をしゃべれるようになり、さらに直立二本足歩行となって、上肢・腕が身体の重さを支える必要はなくなりました。そしてさまざまな道具を創り出し使いこなせるようになったのですが、それは親指の根元にある第1CM関節を三次元的に自由自在に動かせるように進化させてこそ可能になったとみてよいでしょう。
力強く木にぶら下がるだけなら、猿の方が得意ですから、他の指と向かい合えるようになった親指の進化は、単に「力強さ」だけではなく、「繊細、デリケートさ」を求めたものだったのです。つまり親指の進化は「針の穴に糸を通す」、「細かい字や絵を書く・描く」などといった細かい作業をおこなうためのものです。したがって「布巾やタオルを力強く絞る」といった作業には親指を主体に参加させるべきではなかったとみてよいでしょう。(実は手の神経障害によって親指を向かい合って使えない状態を整形外科では「猿手」と呼んでいます。)
②スポーツの現場
スポーツ現場でも、力強さを親指に求めない例が観察できます。たとえばバッティングです。高校野球でもプロ野球でも力強くボールを打ち返す必要があるはずですが、親指と人差し指は伸ばしたまま、強く握らず振っているのが観察できます。
ゴルフのグリップも同様で、親指も添える程度の強さで、よく「グリップをみれば腕が分かる」とも言われます。力強さが要求されるスイング動作でこういった握り方が勧められるのも、親指を最後に添える程度に握ることが、パフォーマンスに直結してしまうからです。テニスでも同様でしょう。
③親指の付け根の障害(第1CM関節障害)、母指や手首での腱鞘炎
指先で述べたヘバーデン結節と同様、親指の使い傷みも女性にやや多い傾向にあり、やはりホルモンの影響も示唆されています。しかし、これまで述べてきたように、特に親指には力強さを求めるべきではなく、中高年世代の女性では幼い時から指先、特に親指を酷使し続けてきたためです。たとえばマッサージなどでも親指を大きく動かして力強く使うべきではないのです。その場合は親指・人差し指の間を閉じて大きな動きを制限して使うべきということになります。ただ、もちろん大きなビンを開ける、ハサミを使う、ペットボトルの蓋を開けるなどは母指を抜きではできませんが・・・。
④タオルの絞り方(1)
今は台所ではキッチンペーパー、風呂場ではナイロンタオルが好んで使われるようになりました。若い世代ではほぼタオルを絞るような作業が激減していると思いますが、回数が減ってはいてもまだまだ中高年世代の方々にとっては日常生活上、基本的な動作でしょう。
まずはネット上からタオルの絞り方を検索してみます。そこには「横絞り」と「縦絞り」が記載されています。
ⅰ)「横絞り」では、横に置いたタオルを、肘を広げて両手で手のひらを下に向けて、上からつかみ、手首から左右逆に回転させて絞る。手首から先だけなので非力とされています。
ⅱ)ネットからは「縦絞り」がお勧めとされています。縦に置いたタオルを、手のひらを上に向け、親指を握り締めつつ手首を前に押し出すようにして絞る。この「縦絞り」の方が脇を締めることになり、「横絞り」よりもより腕の力も使えることになるからです。しかし、両方の親指とも積極的に使う必要があり、決して親指に優しい絞り方にはなりません。
⑤タオルの絞り方(2)
ここでは親指が痛くても可能な、親指に優しい、かつより力強く絞れる方法があり、そのお勧めの方法を紹介しましょう
同じ「縦絞り」なのですが、逆に手のひらを下に向けます。この場合、親指・人指し指は使わず、指先のところで述べたように手のひらで中指から小指まで根元からしっかり握ります。その方がわずかであっても指先を少なく優しく握れることが述べてきました。
最初、肘から上、両脇を締めつつ肘を寄せて胸の前で抱え込むように腕の力主体で絞ります。1回では絞りきれませんが、使わなかった親指・人差し指を用いて捻れたタオルがほどけないように持ちかえ、もう一度手のひらを下に向け、再度両脇を締めて、腕力で絞るのです。そもそも腕力の方が手力・指力よりもはるかに力強いはずです。
2,3回は持ち替える必要がありますが、絞る際には親指(私は人指し指も使っていません)はほとんどに使っていませんので、親指を傷めている方でも可能で、しかも指より力強い腕力主体でより力強く絞れることになります。もちろん指先に問題のない方であれば指先も参加して絞ることも可能となります。
また、女性では第1CM関節の障害は非利き手、右利きなら、左側に強い傾向にあります。私は洗い物、特に鍋の底を磨く(この動作は現在、必要性が激減していると思いますが)といった作業では左側では親指を使って鍋を安定させ続けるため、酷使させてきたことが大きな原因とみています。
⑥まとめ
親指の付け根である第1CM関節の存在に着目し、親指の本来の役割を念頭に障害予防について紹介しました。母指の土台であるこの関節は本来、力仕事をおこなわせるべきではないことを紹介しました。